管理職から一転プロの鑑定
とにかくのんびりのつもりが…
25年間も保険会社で支部長を務めて来ました。とにかく激務で、50歳台には過労で3週間ほどの入院を強いられたこともあります。それだけにやっと定年退職を迎えた時は「とにかくのんびりしたい」としか頭に浮かびませんでした。
三田紀子先生が手相に巡り合ったのは、ちょうどそんな時でした。
「ららぽーと横浜店内で東明館の前を通りかかり、娘が手相を見てもらうことになったんです。私は待っていたのですが、偶然隣の席が空いたのでついでに鑑定をしてもらうことにしました。そこで、あなたは運命コンサルタントに向いている、と言われたんです」
仕事には疲れ果てていました。だから仕事の誘いなら断っていたかもしれません。しかし目の前のコンサルタントは「勉強をしてみない?」と水を向けてきたのです。
「確かに60歳になり、人生の転機だとは感じていたんです。実際に東明学院へ行ってみると、みなさん、私より年上なのに溌剌と輝いて見えました。こんなふうに歳を重ねていくのもいいかな、と思いましたね」
それまでは無縁の世界でした。逆に真っ白な状態から勉強を始めたので、どんどん興味が膨らんでいきました。
「最初は覚えることが多くて大変でした。でも中級くらいに進むと、一気に視界が開けてきたんです。点でしか見られなかったのが、線になり、やがて面になる。そんなイメージです。だから現在は講師として教える側になっていますが、中級までが我慢のしどころだと伝えています」
長く管理職を務めてきたので、同じようなキャリアを辿り、東明学院の代表的な講師として活躍する不動ふき先生の講義には感銘を受けました。とても歯切れが良く、圧倒的な事例の豊富さが印象的でした。
「不動先生は、とてもシャープでクールな方です。人生のキャリアも似ているので、私のことも判ってくれているという感覚がありました。ああいう女性には憧れますね」
“学んだことがすぐに活かせる”
東明学院に通い始めてからは「のんびり」どころか「波に乗せられるように」急ピッチで、新しい展開が開けていきました。
「短期間で勉強を終えると、すぐにお店での鑑定に出してもらい、仕事を始めて1年くらいで新設された東明館のテラスモール湘南店を任せられました。とにかく勉強は楽しかったんです。でも大変な仕事が割り当てられ、大きな責任を感じた時に、本当に私でいいの?という葛藤はありました」
ここに東明総研の養成システムの特徴があります。短期間でプロに転身した三田先生は、改めてその素晴らしさを実感しました。
「せっかく勉強をしても、暫く使わなければ忘れてしまいます。でも東明総研の場合は、学院で学べば、次のステップとして東明館という直営のお店が用意されています。だから覚えたことが、すぐに現場で活かせるシステムになっているんです」
テラスモール湘南店には、こんなお客さまが見えました。エステショップを開業して3年目。業績が順調なので、健康産業への展開を視野に入れていたのですが「最近どうも気分が低下している」とのことでした。
「手相を見る限りは、仕事運を見る運命線もしっかりしていたので、これからもっと活躍できる方でした。でも誕生日から判断すると、新しいことを始めるのに良い時期ではなかったので“今は顧客の整理をなさったり、知識を高めたりされた方が良いと思います”とお伝えしました」
助言を受けたお客さまは、それから毎年のように三田先生の鑑定を受けるようになります。
「新規事業は、運勢の良い時期に始められて、全国トップの業績を挙げたとのご報告を受けました」
流されるままに仕事に就いた三田先生は、今では運命コンサルタントとして、さらには後進の育てる講師として、多忙な日々を送っています。
「前職でも新人教育の講師をしていたので、喋るのは苦痛ではありませんでした。それに部下の仕事上の悩みを聞いたり、相談に乗ったりすることも多かったので、手相を覚えたことで自信を持ってアドバイスを送れるようになりました」
元支部長は、社内の部下どころか、今では多くの相談者と向き合っています。例えば、30歳手前の女性は、自分の生命線が短いのを、とても気にかけていました。
「私、短命ですよね…」
心細そうな声でした。
しかしよく見れば、必ずしも生命線は短いわけではありませんでした。一般的に生命線と言えば、親指の付け根上部から手首に向けて伸びているものですが、彼女の場合は小指の下方(東明手相では月丘と呼ばれる部分)へ向かっていたのです。
三田先生は尋ねました。
「引っ越しとか多くないですか?」
「はい、その通りです」
「生命線が外側へ向けて伸びるのは、転々タイプと言って、各地を転々としていくの。まさにあなたの人生にピッタリなのよ」
転々タイプというのは、まさに東明手相の創始者である高山東明が発見し、確定した線でした。
お客さまは、ビックリすると同時に、心の底から安堵の喜びが溢れてくる様子でした。
▲不動先生と共に