手相の基礎
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講座説明会

高山東明学院長コラム
見果てぬ夢へ・・・

手相との出会いは、私の人生を一変させました。手相の研究を進めていくうちに、周りの人たちと繋がり、それが大きな輪になって、気がつけばこんなに素晴らしい仕組みが出来上がりました。
私の足跡、現状、そして大きな夢を5回のコラムにまとめてみました。お楽しみください。  高山東明

●4回目 大魚を釣るには志が要る

2016年12月26日更新

師に匹敵する生徒に恵まれた

 太公望を、ご存じでしょうか。
 紀元前11世紀頃、古代中国周の軍師だった呂尚の別名で、釣り好きの人の代名詞にもなっています。
 この太公望が残した格言があります。
「小さな魚を釣るには小さな餌が、中くらいの魚を釣るには中くらいの餌がいる。しかし大魚を釣るには志がいる」
 適当な人材なら相応の待遇で釣れますが、器の大きな人間は、金や地位では動きません。招き入れようとするなら、気高い志が必要だということです。
 さらに太公望は、こうも伝えています。
「帝王の臣は師。覇者の臣は僕(しもべ)。聖人の臣は友」
 臣とは部下のことです。仁徳で部下を収めようとするのが帝王で、力で押さえつけようとするのが覇者だと説いています。帝王には、師にも匹敵するような優秀な部下がつきます。逆に部下を見れば、上司の器がわかるということになります。そして本当に優れた聖人は、自分の部下とも友のように接するというのです。
 もちろん私は、自分が帝王だとうぬぼれているわけではありません。会社を起ち上げた頃の私は、本当に貧しくて、創業から9年目までは赤字が続きました。実績も信用もなく、会社に来たお客様には、よく事務員と間違えられたものです。
「おじさん、東明先生はどこ?」
 何度も声をかけられました。
 机や椅子も不揃いな中古品ばかりで、いつも社員を励ましていました。
「今が辛抱。研修だと思って頑張ってくれ」
 それでも不平ひとつこぼさずに頑張る彼女たちの姿に、私の方が勇気づけられました。

手相は変化していく

 改めて東明総研には、運命コンサルタントという仕事に適性の高い優秀な女性が集まっていると感じます。仕事運は運命線で判断するのですが、大半が非常に強く出ています、あるいは成功を意味する太陽線が、感情線からはっきりと出ているタイプが目立ちます。東明手相では、感情線から上は55歳以降の人生だと捉えています。そこから中指のつけ根に近づくほど長く活躍することになるわけですが、なかにはつけ根を越えて伸びている人もいます。家庭におさまるのではなく、100歳に迫る晩年まで社会で活躍することを示しているのです。
 手相は自分の状況に応じて変化してくるものです。例えば、名家出身の大ベテランで人気コンサルタント殿岡晟子先生は、50歳を過ぎるまで外で働いたことがありませんでした。社会に出ていないわけですから、運命線も消えそうなくらいに薄かったわけです。ところが仕事を始めると、運命線は55歳過ぎの晩年に向けて太く浮き出てきたのです。
 東明学院を代表する講師の斉藤和子も、この仕事を始めるまでは運命線も薄く、直感や霊感とは無縁でした。しかし運命コンサルタントに転身すると、神秘十字線が出て、運命線も晩年まで長く太く伸びてきたのです。
 私は、あらかじめ手相を調べて、生徒を選別してきたわけではありません。縁があって手相を学びたくてここに集まって来た運命コンサルタントたちに、あとから適性を示す線が表れてきたのです。手相の方が、現状を反映するようになったということです。
 私自身は「瞬間湯沸かし器」と言われるほど短気で、コロコロと判断も変わります。周りの社員は苦労していることだと思います。しかし東明運命学では、長所を活かし、短所は修正する必要がないという方針を貫いています。確かに私は短気で朝令暮改が多いのですが、だから良いものは積極的に取り入れていく行動力があると勝手に解釈しています。
 私には、大きな夢と志があります。それは自分で確立した東明運命学で、多くの人たちの長所を探り、幸せに生きるための支援をしていくことです。この夢と志に共感してくれた女性たちが、結果的に運命コンサルタントとして優れた適性を備えていた。私は、そう解釈しています。

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