手相の基礎
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講座説明会

高山東明学院長コラム
見果てぬ夢へ・・・

手相との出会いは、私の人生を一変させました。手相の研究を進めていくうちに、周りの人たちと繋がり、それが大きな輪になって、気がつけばこんなに素晴らしい仕組みが出来上がりました。
私の足跡、現状、そして大きな夢を5回のコラムにまとめてみました。お楽しみください。  高山東明

●2回目 運命通りに輝く女性コンサルタントたち

2016年12月26日更新

私を支えてくれる優秀な女性たち

  現在「東明総研株式会社」の社長は、学院随一の人気講師として活躍しているすた~らいと林に任せています。上智大学を卒業し、クリントン夫妻らも巣立った米国の名門イェール大学に留学。大学院を出てMBA(経営管理学修士)を取得した極めつけの才女です。彼女は帰国後も外資系の証券会社に就職し、まさにエリート街道を邁進して来ました。
 そんな彼女が、ある時、運命コンサルタントの仕事を始めると言い出すのです。ご両親は涙を流して大反対だったそうです。しかし人気コンサルタントとしてテレビに出演し、有名雑誌で連載を持ち、書籍も出版すると、故郷のご両親の反応も180度変わりました。早速我が子が掲載された雑誌や書籍を買い占めたそうで、すた~らいと林本人も「親孝行が出来た」と喜んでいました。
 東明手相では、長所を認め、短所は直す必要がないと教えています。それが成功への近道だからです。
 すた~らいと林は、東明運命学に触れ「気持ちが楽になった」と話しています。実は私と出会った頃の彼女は、身体を壊して退職し、専業主婦でした。会社に勤めれば好きな仕事だけに専念するわけにはいきません。それが精神的な負担になっていたのです。
 一方で運命コンサルタントや東明学院での講師の仕事は、彼女にとって天職でした。もともとお喋りが大好きで、圧倒的な伝達力を持っています。鑑定や授業になれば、まさに立て板に水で、流れるように言葉が溢れて来ます。こうしてやり甲斐のある仕事に溌剌と取り組むことが、アンチエイジングに役立っていると話しています。

 東明学院を代表する講師に成長した斉藤和子も、日本女子大学を卒業し、システムエンジニアとしてのキャリアを持つ明晰な女性です。結婚をして子育てにひと区切りがついてからは、近所の小中学生を集めて学習塾を経営していました。東明館で手相を見てもらったのは、ちょうど母が亡くなった直後のことでした。
もちろん対面した運命コンサルタントは初対面です。母の逝去を知るはずがないのに「あなたには遺産が入るかもしれませんね」と言われ、「どうしてそんなことが判るの?!と驚いたのが、手相を学ぶきっかけになりました。物事を理詰めで考える彼女にとって、占いや霊感などは縁遠いどころか、むしろ対極にありました。ところが実際に勉強をしてみると、他人の人生が面白いように読み取れます。東明手相は統計学なので、理数系の彼女も納得が出来たようでした。最初は向いていないと思った仕事だそうですが、今では彼女自身の手相を見ても適性が見て取れます。気がつけば仕事運を示す運命線がはっきりと伸びてきて、晩年まで長く社会と係って生きていくことを示すようになりました。
 また不動ふきは、定年まで仕事一筋で生きてきた典型的なキャリアウーマンです。立教大学を卒業すると、旅行会社に就職し、世界を飛び回りました。男社会の中でマネージメントの能力を活かし戦い抜いてきたので、定年後はのんびりとしたいと考えていたそうです。ところが退職をしても、かつての部下が次々に相談に来ます。説得力のある話をしなければ、と責任を感じ、東明運命学を習得しました。豊富な人生経験を持つ彼女は、運命コンサルタントとして、あるいは学院の講師として充実した日々を送り、JR東日本が主催する「大人の休日倶楽部」などのカルチャー教室では、圧倒的な人気を集めているのです。

幸せをサポートするために

  名誉コンサルタントの殿岡晟子は、まさに名家の才媛です。父は日本一の大地主だった山形県酒田市「本間家」の直系で、東京帝国大学(現東京大学)を卒業すると、イギリス、ドイツ、フランスへ留学します。やがて上海に創設した東亜同文書院の学長に就き、第二次世界大戦を終えて帰国すると愛知大学を創設し、初代の最高裁事務総長も務めました。名家で生まれ偉大な父を持つ彼女は、外で働く機会もなく結婚をしました。そんな彼女が、父と夫を相次いで亡くした頃に、偶然新聞の広告を目に留めて、東明の手相教室にやって来ます。それは「ご令嬢」にとって、一世一代の大冒険だったと言います。
 そんな不思議な縁で、彼女も運命コンサルタントの道を選びました。まだ東明総研には数えるほどしか社員がいない時代でした。明るく丁寧な鑑定をする彼女には、会社が赤字で苦しい時代に本当に支えてもらいました。
 東明学院で学べば、生涯現役で働くことも可能です。朝起きて行く場所があり、待っている人たちがいる。それはとても素晴らしいことです。
 気がつけば、私の周りには、生活にゆとりがあり、親切で優しい女性ばかりが集まって来ました。なぜ、私はこんなに人に恵まれたのか。時々自分でも首を傾げることがあります。
 強いて挙げれば、私は幸せになるための方法論を持っていました。それで世界に貢献していきたいという大志がありました。実はそれらは、どんなハイレベルな学校でも教えてくれない、人生の肝になるものなのかもしれません。

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